ポスト岸田、米国の望む日本の保守政治とは 床屋談義報道を超えて

岸田首相が8月14日に自民党総裁選出馬を断念表明して以来、床屋談義並みの政局報道「永田町国盗り合戦」がメディアで一斉に展開している。「天下人(総裁)となるのはどの候補ー。」日本人の大好きな永田町版戦国ドラマの始まり、始まり~である。だが本ブログは、首相をはじめ日本政府の主要人事は基本的にワシントンが決める、と繰り返し主張してきた事実上保護国である日本の安保・外交政策は米国の指示通りに動く。GHQに間接統治されていた占領下と同様、1952年の「独立」後も今日まで「頭のてっぺんから、靴の先まで指示」(芦田均元首相の回顧)されているはずだ。したがって自民党内の力関係だけで政局を語るのは床屋談義と同列となる。米権力中枢お気に入りの岸田文雄はぎりぎりまで続投を目指したものの、万策尽きた。今後は84歳となる超高齢現役政治家麻生太郎を後継し、永田町とワシントンの橋渡し役へとなれるのかが課題となる。「CIAの子」自民党は米の望む政治体制の構築を義務付けられているからだ。

■岸田首相最大の「功績」

ワシントンからみれば岸田首相の最大の功績は安倍派を解体したことではないだろうか。政治資金収支報告書記載のパーティー収入を巡る裏金事件捜査は安倍派潰しのためだったと断定できる。2022年7月の安倍晋三元首相暗殺から1年半近く経て日本の大手メディアはこの問題を報じ、東京地検特捜部が強制捜査に踏み切る。10年近い政権担当時には「安倍1強」として我が世の春を謳歌した安倍派清和会)に対し、岸田首相は2023年12月、所属の閣僚4人、副大臣5人、大臣政務官6人の計15人を事実上更迭した。安倍元首相の後継者と言われていた安倍派幹部5人衆は全員が主要閣僚、自民党の党要職を解任された。同時に裏金腐敗問題は総裁岸田批判へと飛び火、内閣支持率をさらに低下させた。

2024年の年明け早々に安倍派は議員総会を開き解散を宣言した。領袖安倍を失った自民党最大派閥は一部不満の声が上がったが「来るものが来た」とばかりに何の抵抗も示せず、まことにあっけなく瓦解した。安倍暗殺事件の衝撃が彼らを如何に震撼させているかを見せつけた。決して口にする者はいないが、震撼したのは日本の首相の座に10年近くあった者を周到な計画の下、白昼公衆の面前で殺害してしまう米権力中枢の冷徹さと力に対してではあるまいか。証拠はない。それ故に、彼らはそれをワシントンからの黙示として身を震わせて受け止めていたはずだ。

岸田政権は国会にも自民党内にも安倍殺害真相究明のための調査委員会を設けようとしなかった。野党からも調査を組織的に行おうとの声は聞こえてこなかった。何かに怯え、委縮した結果であろう。一方バイデン政権は現職の米副大統領死亡時並みの弔意を表し、米政府は喪に服した。あまりに異常であり、何かを匂わせた。永田町の皆が米英の諜報機関を恐れていた。そして湧き上がったのは国葬儀を行えとの声だった。支持率激減の発端となった安倍国葬の強行実施に続き、安倍派解体を岸田はぶれずにやり抜いた。リードに「米権力中枢お気に入りの岸田文雄」と書いたのはこのためである。米国の岸田政権への評価は安倍政権が敷いた自衛隊のグローバルな米軍補完部隊化と軍事大国路線を引き継ぎ、完成させただけではない。

2024年9月の自民党総裁選挙後、新総裁の下で時間を置かず実施される見通しの総選挙では旧安倍派所属の立候補者の大半は、「安倍派に所属していた」とは可能な限り口にしないであろう。とりわけ、岸信介、安倍晋太郎、そして安倍晋三の三代にわたり親密な関係にあった旧統一教会を口にすることはタブーとなる。安倍の復古的国家主義やアベノミクスに共感を寄せたいわゆる岩盤保守層も統一教会・文鮮明と清和会・安倍三代との繋がりについては大半が不支持に回ると思われるからだ。統一教会については、安倍暗殺事件直後に掲載した拙稿「「冷戦・CIAの子、自民党と統一教会は兄弟組織」に矛先 安倍暗殺事件評 」「統一教会資金は韓国、米国経由で安倍周辺へ還流か 自民党「清和会」支配の闇」などを参照願いたい。

■反米右派の解体

なぜ安倍派は解体されたのか。その前提が安倍晋三殺害であった。公判は意図的に遅延され、初公判すらいつ開かれるか分からず、今や世間の関心から遠ざかってしまった山上徹也被告が安倍殺害の単独犯であろうとなかろうと、安倍殺害があってはじめて安倍派解散は可能となった。両者が一体であることは誰も否定できまい。

安倍の政治的遺志は復古的な美しい国・強い日本を取り戻す」にある。歴史認識の浅薄さはさておき、安倍には多くの人が「皇国日本と軍事への強い憧憬」(民主党政権の北澤俊美防衛相)を見て取った。

安倍の仲間で同様不可解な死に方をした中川昭一も会長を務めた国粋右翼政治家組織「創生・日本」の会合では「国民主権、基本的人権尊重、平和主義の3つはGHQによる押し付け、戦後レジームそのもの、なくさなければ真の自主憲法にはならない」との驚くべき発言が飛び出している。ポスト冷戦期を迎え米国の単独覇権による世界管理を目指した米ネオコンはブッシュJR政権時に安倍の軍事大国志向を利用してきたが、当然その限界もわきまえていた。会長だった安倍の死後、会長の後継者はおらず、「創生・日本」は休眠状態となっている。

【写真】2009年2月にローマで酩酊会見した中川財務相(当時)。その後総選挙で落選、同年10月に自宅で不審死した。安倍晋三は中川への弔辞で「昭一さんは常にリーダーだった。自虐的な歴史観を正し、子供たちが日本に生まれたことに誇りを持てる教育に変えたい一心で教科書問題にも取り組んだ。困難な問題に立ち向かい、世の中を変えていく戦う政治家の姿を学んだ」と称えた。

 

ネオコンの権勢をバックに安倍晋三は戦後の政界では前例のない飛び級出世を遂げて首相の座を得、米英の管理下で日本を軍事大国化した。具体的には、自衛隊を米軍のみならず、北大西洋条約機構(NATO)加盟国軍を支えるグローバルな軍隊としたのである。生前安倍がしきりに口にした「世界の中心で輝く日本」の実現である。裏返せば、中国、ロシア、北朝鮮の対日敵視を際限なく増幅させ、東アジアでの孤立を深めるものであった。しかし、安倍暗殺を受けて、日本国内では自民党の旧安倍側近らから潜めてきた反米マグマが噴出し始め、民族派右翼グループからは対米自立、核武装の声が沸き起こり、その支持層の規模は無視できないほどに拡大している。「ウクライナ戦争で露呈した米国の欺瞞へ矛先 安倍暗殺と反米保守再台頭 」や「日米合作で岸田政権延命も つばさの党国策捜査で立民攻撃、自民浮上? 」の「■米の悪夢:「対米自立」での左右共闘」を参照ねがいたい。

■保守政治のUターン

ネオコンの利用してきた安倍グループの脳裏には「100%米国とともにある」と親米・従米路線を口先で唱える反面、「世界に冠たる神国日本」「米英本位の平和を排す」との皇国史観の残滓が毒となって満ちていた。岸田政権の登場と安倍派解体で日本の戦後政治の流れはUターンしつつある。向かう先は、一言でいえば、裏も表もない対米従属路線である。岸田及び宏池会は骨抜きになったとはいえ平和憲法と呼ばれる1947年憲法を改正する気はさらさらなかった。安倍ですら現行9条に手をつけられず、保守層向けに「自衛隊を明記する」条項を9条に追加する加憲案を提起してお茶を濁した。安倍「加憲」の詳細については、「私の手で改憲成し遂げる」は安倍首相最大の虚言--どう我々を欺いているのか」を参考にしてもらいたい。

こうしてみると9月の総裁選ではまずは総選挙を勝ち抜くことを最優先に小泉進次郎が選ばれる公算が大きい。しかし、政権担当能力に欠ける小泉は短命に終わり、次は宏池会林芳正が率い、本格政権として登場するのではないか。二階派ながら安倍政治に共感した40代小泉のライバル小林鷹之は早くも統一教会問題で罰点を付けた。安倍信奉の高市早苗は論外である。安倍派解体の意味を読み取れば、ポスト岸田の自民党の姿は自ずから明らかになる。

 

注:次回は「岸田は麻生の対米任務を引き継げるのか」をテーマに宏池会の源泉として1930年代の対米協調派の動きを中心に論じる予定。