台湾有事を煽り、中国封じ込め策の象徴「南シナ海での航行の自由作戦」への日本の不参加を厳しく非難するなどタカ派論調に徹してきた日本のネットメディアがこの7月、「ウクライナに阿鼻叫喚の地獄をもたらしたのは米国だ 『特別軍事作戦』に出たロシアを一方的に非難するな」との日本のロシア政治研究者の瞠目すべき論稿を掲載した。11月23日には同じ筆者による論稿「ロシアより先に戦争をはじめたのは米国とウクライナの可能性 『ロシアの正義』を全否定せず、日本は停戦協議の場を用意せよ」が掲載された。このような出色の論稿がタカ派メディアに掲載されたのは、本ブログが書いたようにウクライナ戦争を巡る米国内の停戦推進・早期和平派が主導権を握ったためであるのかもしれない。いずれにせよ、「2月24日にロシアが突如ウクライナを侵略した」との西側報道の大前提を打ち崩す、「ロシアが『特別軍事作戦』を開始する前からウクライナ軍は米NATOに支援され戦争を既に始めていた」との主張にまずは耳を傾けたい。
2022年初めまでロシア極東ウラジオストックの極東連邦大学で教鞭をとっていた筆者は、国連平和維持活動の政策責任者を務め、NATOではウクライナ支援プログラムにも参加したジャック・ボー氏のフランス情報研究センター『文献速報』第27号への寄稿論文「ウクライナの軍事情勢:https://cf2r.org/documentation/la-situation-militaire-en-ukraine/」の内容を紹介する。ただし、「ボー氏や私の『2月16日開戦説』が絶対に正しいと主張するつもりはない」と謙虚で慎重な態度を貫く。
ここでは、このロシア研究者によるボー氏論文の要約と筆者コメントの一部を紹介する。
■ウクライナ兵やネオナチ民兵によるロシア人虐殺
≪この紛争の根源は、2014年2月にヤヌコヴィッチ政権を転覆させた直後、新政府がロシア語を公用語から外し、ウクライナ東・南部のロシア語話者地域に対して激しい弾圧を実行し、オデッサやマリウポリなど各地で虐殺事件が発生したことにある。
一部のロシアと欧州の情報機関が十分認識していたように、ウクライナ軍は早ければ21年にドンバスを攻撃する準備をしていた。
「今年2月16日からウクライナ軍がドンバスの住民を集中砲撃し始めた」とボー氏が主張する根拠となっているのは、OSCE(欧州安全保障協力機構)が作成した「ウクライナ特別監視団の日報・現地報告(Daily and spot reports from the Special Monitoring Mission to Ukraine):https://www.osce.org/ukraine-smm/reports/」だ。
日報では、ドネツク・ルガンスク地域における停戦違反と砲撃の回数・場所が報告されている。
・2008年以降、米国はウクライナのNATO加盟だけは絶対に許容できないと訴えてきたロシアを無視し、14年からNATOと共に毎年約1万人のウクライナ兵を訓練し、2・24前までにウクライナ軍は最新兵器を備えた事実上のNATO軍になっていた。
・ネオナチとされる極右民兵などはロシア系ウクライナ人に対する拷問・虐殺などの犯罪を犯し続けたが、政府と裁判所だけでなくウクライナ社会全体に「ドンバスにいるロシア語話者たち」に対する暴力を黙認するような「文化」が出現していた。
・19カ国から集まった民兵は、米英仏・カナダによって武装化され、資金提供を受け、訓練された。西側は、2014年から民間人に対するレイプ・拷問・虐殺などの数多くの犯罪を犯してきた彼らに武器を与え続けた。
・西側諸国によって支えられた極右民兵は、2014年からドンバスで活動し続けた。彼らは暴力的で吐き気を催させるイデオロギーを伝え、猛烈な反ユダヤ主義者だ。
アゾフ連隊などの狂信的で残忍な過激派民兵は、2014年ユーロマイダン革命を活気づけた極右集団から創設された。ロシアだけでなく、ユダヤ人団体、西側メディア、米陸軍士官学校の反テロセンターなどもウクライナの民兵を「ナチ」や「ネオナチ」と特徴付けている。
■米国の圧力でミンスク合意破棄
その上で、今年2月24日にロシアが軍事介入するまでのドンバスの状況について、次のように分析している。
・2021年3月24日、ウォロディミル・ゼレンスキー大統領はクリミア奪還命令を出し、南部に軍を配備し始めた。
同時に黒海とバルト海の間でNATOの軍事演習が何度か行われ、ロシア国境沿いの偵察飛行が大幅に増加した。
その後、ロシアは軍事演習を実施した。同年10月、ウクライナはミンスク合意に違反し、ドンバスでドローン攻撃を行った。
2022年2月11日、独仏露ウの補佐官級会合は具体的な成果が出ずに終わり、明らかに米国からの圧力の下で、ウクライナはミンスク合意の適用を拒否した。
■ドンバス砲撃を無視する西側政府、メディア
プーチン大統領は、西側は空約束をするだけで合意を遵守させるつもりはないと言及した。ドンバスの両軍接触地帯での政府側の軍事的準備が進み、15日、ロシア議会は両共和国の独立を承認するようプーチン氏に求めたが、彼は承認を拒絶した。
【写真】ドンバスで分離独立派と戦うウクライナ軍
アムネスティ国際事務局は「ウクライナ軍の戦術は市民を危険にさらしている」と警告した。
・2月16日以降、OSCE監視団の日報が示す通り、ドンバスの住民に対する砲撃が激増した。当然のことながら、西側のメディアと政府、EU、NATOは何も反応せず、介入しなかった。
EUや一部の国々は、ドンバス住民の虐殺がロシアの介入を引き起こすことを知りながら、虐殺について故意に沈黙を保ったようだ。
■国連憲章第51条発動したプーチン
・早ければ2月16日にバイデン大統領は、ウクライナ軍がドンバスの民間人を砲撃し始めたことを知っていた。
プーチン大統領は、ドンバスを軍事的に助けて国際問題を引き起こすか、ロシア語話者の住民が粉砕されるのを傍観するか、難しい選択を迫られた。
・プーチン氏は、介入すれば、「保護する責任」(R2P)の国際義務を呼び起こせること、介入の性質や規模にかかわらず制裁の嵐を引き起こすことを知っていた。
ロシアの介入がドンバスに限定されようが、ウクライナの地位について西側に圧力をかけるためにさらに突き進もうが、支払う代償は同じだろう。
2月21日、彼は演説でこのことを説明し、下院の要請に応じて2共和国の独立を承認し、彼らとの友好・援助条約に署名した。
・ドンバスの住民に対するウクライナ軍の砲撃は続き、2月23日、両共和国はロシアに軍事援助を求めた。24日、プーチン氏は、防衛同盟の枠組みの中での相互軍事援助を規定する国連憲章第51条を発動した。
・国民の目から見てロシアの介入を完全に違法なものとするために、西側諸国は戦争が実際には2月16日に始まったという事実を意図的に隠した。
一部のロシアと欧州の情報機関が十分認識していたように、ウクライナ軍は早ければ21年にドンバスを攻撃する準備をしていた。
■2月16日開戦を知っていたバイデン
ウクライナが独仏露ウ会合でミンスク合意の適用を拒否した2月11日、バイデン大統領はNATO・EUの指導者に「プーチン氏がウクライナの侵攻を決定し、16日にも攻撃する」と伝えた。
ロシアは監視活動の継続を訴え、国連安保理でもウクライナを侵攻する計画はなく、軍事的緊張を高めているのは米国率いる西側だと非難し続けていた。
このような状況下、まだ多くのOSCE監視員がミンスク合意の遵守を監視する中、まさに予言された日から共和国側が政府管理地域との境界線上で全面戦争を始めたとは考えにくい。
2月16日にはロシアのペスコフ大統領報道官が「全世界は既にウクライナ政府がドンバスで軍事作戦を始めたことを目撃した」と発言している。
また、昨年12月1日にロイター通信は、紛争地のドンバスに12万5000人の部隊を配備したウクライナをロシアが非難したと報じていた。
今年2月21日には国連安保理でロシアのネベンジャ国連大使が、ウクライナがドンバスの境界線に12万の部隊を配備していたと指摘した。
■NATO化されたウクライナ軍
2・24前に西側メディアの多くは、10~15万のロシア軍がウクライナとの国境周辺にいると報道し続けたが、2・16から約12万のウクライナ軍と4万~4.5万と言われる2共和国の武装勢力が激しい戦闘状態に入ったという構図は伝えなかった。
プーチン氏が両共和国の独立を承認するか不明だった16日の段階で、共和国側が米国などの最新兵器を有するウクライナ軍12万に対して全面戦争を始めるだろうか?
ロシアが軍事介入した24日時点でも、総兵力31万以上のNATO化されたウクライナ軍と計約20万のロシア軍・共和国武装勢力が戦うという軍事情勢だったとも言える。
さらに、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)が今年1月27日に公表した「ウクライナにおける紛争関連の民間人死傷者(Conflict-related civilian casualties in Ukraine)」によると、2018年から21年までのドンバスでの激しい戦闘による民間人死傷者の81.4%は両共和国の管理地域内で発生しており、ウクライナ軍の攻撃の結果だと分かる(政府管理地域の民間人死傷者は、16.3%)。
少なくとも2018年から、事実上のNATO軍になりつつあったウクライナ軍がロシア語話者の民間人も激しく攻撃し続けていたと言える。
以上の状況から、断言はできないが、米国・NATOと一体化し、軍事力で反政府勢力を圧倒していたウクライナ政府が2月16日に戦争を始めた可能性が高いと言えるだろう。≫
🔷むすび
ジャック・ボー氏と筆者は、断定を避け、慎重な姿勢に徹しているが、上の証言は2月24日以降の「ウクライナは被害者・ロシアは加害者」という西側の洗脳目的のプロパガンダを根底から覆す主張である。
米国が繰り返しこのような邪悪な代理戦争を遂行することで国連の存在価値は貶められ、国連憲章はさらに骨抜きにされている。中でも、現在焦眉のウクライナでの戦争は、一歩間違うと、核超大国であるロシアと米国・NATOとの全面武力衝突につながる、かつてない危機へと人類を導いている。
米欧日はG7の空洞化、G20の形骸化を訴え、「グレートリセット」を企てている。新ユーラシア構想を具体化しようとする中露主導の上海協力機構(SCO)は中央アジア諸国のみならず、アジア・アラブ・アフリカ・中南米というかつての第三世界を巻き込み、米欧主導の世界の幕引きを企て始めた。世界の分断と混乱は深まり、多極化の流れは負の方向へと進んでいる。
国際法を無視して「現行秩序を力で破壊している」のは、ほかならぬ破壊者ネオコンを利用している米権力中枢である。
関連記事:「米国も中露に追い詰められている」 ウクライナ危機もう一つの視点 | Press Activity 1995~ Yasuo Kaji(加治康男) (yasuoy.com)
4月24日掲載記事「現地は「2・24戦争の前にウクライナ軍がロシアに一時侵攻」と報告 これを黙殺する報道ファッショ 」