米は中国を東西から挟撃へ  米軍アフガン撤収の裏を探る

8月半ばまでにタリバンが権力を再び掌握したアフガニスタンを巡り世界中のメディアが大騒ぎしている。大半が2001年の米同時多発テロ事件(9・11)を機に20年にわたり駐屯した米軍の8月末完全撤収をベトナム戦争敗北になぞらえ米国のさらなる力の衰えを指摘する一方で、中国によるタリバンへの取り込みの動きが強調されている。いずれも的を得たものとは思われない。米国の撤収は十分に時間を掛け念入りに図られたものだ。米英は中国をその西側から揺さぶるテロ組織の芽をアフガンの中国との境界領域を中心に多数育み、東の太平洋側から挟撃する準備を整えたと推定できる。このため、中国の王毅外相は7月28日に早々タリバンの共同創設者らとテロ問題について話し合い、中国側は「タリバンが(ウィグルを東トルキスタンと呼んで独立を目指すイスラム原理主義組織)東トルキスタン・グループと完全に決別することを」切望した。アフガンに潜伏するウイグル系テロリスト集団、「イスラム国(IS)」、9・11を実行したアルカイダやこれを匿ったタリバンは互いに敵対しているようだが、イスラム教及び宗教自体を否定する共産中国は不倶戴天の敵であることで一致している。中国が巨大経済圏構想・一帯一路や大型資金援助で彼らを抱き込むのは到底不可能。タリバン自体も一枚岩ではないとみられる。8月26日には首都カブールで無差別連続爆破テロが発生、アフガン再混迷の様相が早々と露呈した。
■アルカイダ、タリバン、そしてETIM
アフガンを巡る米中の確執はとっくに始まっていた。オバマ政権下の2011年からアフガン駐留米軍は縮小を開始し、10年余りかけて完全撤収した。この間、中国は2017年には米NATO陣営に対抗する中露主導の新国際秩序形成へと進む上海協力機構(SCO)にアフガニスタンをオブザーバー参加(準加盟)させるなど取り込みを図ってきた。8月20日付ニューヨーク・タイムズの記事「中国はアフガンの真空に入っていく準備ができているか?」は中国から見たアフガンの最大の関心事は「東トルキスタン・イスラム運動」(Eastern Turkistan Islamic Movement、略称ETIM)としている。英国の有力各紙も同様の見方だ。ETIMは中国から新疆ウイグル自治区(東トルキスタン)の分離独立を主張するイスラムテロ組織である。アフガニスタンを起源とし2000年代にはタリバンやアルカイダの支援を受けていたと言われる中国側はこれを「国家安全保障に対する直接的な脅威である」と最大級の警戒態勢を敷いている。
【図】1933年に成立したウィグル西域の第一次東トルキスタン共和国。アフガニスタンと国境を接し一体化していた。
反ボリシェヴィキ勢力は世界規模で米国政府や反共組織と連携し新疆ウイグル問題を通じて共産中国攻撃に深く関わってきた。第二次大戦後、ウクライナに設立された反ボリシェビキ国家ブロック(ABN、Anti-Bolshevik Bloc of Nations)は1966年にアジア人民反共連盟と統合され世界反共連盟(WACL)となった。米CIAや英情報機関MI6など西側工作機関がその背後で画策した。
1933年と1944年に土着のムスリム(イスラム教徒)によって東トルキスタン共和国の建国がはかられたが挫折。1949年の中華人民共和国成立によりウイグル制圧が進み、亡命したウイグル人はトルコ・イスタンブールやドイツ・ミュンヘン、そして米国・ワシントンDCを拠点にして組織的に活動してきた。ミュンヘンには世界ウイグル会議、ワシントンDCには東トルキスタン亡命政府が設置されている。パキスタンには国連安全保障理事会、中国政府などがアル・カイダ系テロ組織と認定している東トルキスタン・イスラム運動(ETIM)の拠点がある。これら亡命組織を米国政府肝いりのNGOや民主化基金が後ろから支える格好となっている

■米のETIMテロ組織指定解除

1990年代半ばごろから高まってきた米欧諸国を中心とする「中国の台頭」の声に呼応するかのように、ウイグルの治安状況は悪化した。2009年7月のウィグル騒乱はそのピークとなった。西側は死者を数万人規模と発表したが、中国当局(新華社通信)のそれは192人だった。騒乱発生時、G8サミット出席にためイタリアに滞在していた当時の胡錦涛国家主席は出席を取りやめ急遽帰国した。当時の先進国首脳会議(G7)にはロシアも招かれG8と呼ばれていたが、2009年7月のG8には中国も招待された。騒乱発生が胡錦涛イタリア到着とほぼ同時だったのは偶然だったのか。

中国指導部の米国への憤怒を決定的にしたのは新疆ウイグル自治区ウルムチ駅で2014年4月30日に発生した爆破事件だ。中国当局は3人が死亡、79人が負傷したとされるこの事件を習近平国家主席の現地視察に合わせて実行されたとみている。事件はアル・カイダ系テロ組織と認定されている上記の東トルキスタン・イスラム運動ETIM)など「テロリスト」の仕業だと非難。これを契機にイスラム武装組織が新疆ウイグルをはじめ中国西域で活動を活発化すると懸念した。

新疆社会科学院の研究者らは「今回の襲撃は非常に巧みに組織化されており、習主席の訪問に合わせて実行された」「中国政府に挑戦していることは極めて明白」と語った。このような状況を背景に、中国当局は一般ウイグル人の一部をテロ組織から隔離、保護するため標準中国語学習を柱とする再教育センターや職業訓練所を設けたと主張している。ただしETIMなどテロ組織との関係を嫌疑された者は少なくなく、かなりの規模の施設で厳しい取り調べを受け、「再教育」という名の下、懲役刑に服しているとみられる。

米国はこれを強制収容所として大掛かりな反中プロパガンダに利用し始め、ついにはジェノサイド認定に踏み切ったわけだ。2020年末には中国の上記のような「再教育」活動正当化の主張に水を浴びせかけるかのように米国務省は東トルキスタン・イスラム運動(ETIM)を「テロ組織」の認定リストから除外した。1997年に創設されたETIMの母体「トルキスタン・イスラム党」(TIP)は2001年の米同時多発事件を受けて2002年に国連安保理、続いて2003年の中国政府、翌2004年には米国政府がテロ組織に指定した。このほか英国、欧州連合(EU)、ロシア、キルギス、カザフスタンなど7カ国も指定していた。

米国のテロ組織指定解除の理由は「リストから除外したのは、ETIMが存続している確証が10年以上前から得られていないため」という根拠の乏しいものだった。米諜報機関はETIMがシリアでアサド政権打倒を目指す反政府勢力に合流したことを確認しており、指定解除理由はでっち上げと言える。指定解除はポンペオ前米国務長官によって表明された。この際、ポンペオは「ウイグルでジェノサイド(大量虐殺)が実施されている」と再度強調した。米国の狙いはETIMの活動を促してウィグル、中国へ侵入させることと思える。米軍は撤収しても、CIA、特殊部隊、傭兵ら2万人近くがアフガンに残留すると伝えられている。

■中国包囲の要としてのアフガン

中国の悪夢は、アフガニスタン国内の情勢の混乱と治安の悪化により、隣国のタジキスタンやトルクメニスタンにいるとされるETIM(東トルキスタン・イスラム運動)がアフガニスタンに入り込み、米機関と繋がるアルカイダやイスラム国(IS)の残党と結託し、アフガン経由で新疆ウイグル自治区に侵入して、新疆ウイグル自治区をテロ攻撃し情勢を混乱させることだ。そもそもタリバンには隣接するウィグルからアフガンに逃亡した者が少なからずいる。

ロシア政府筋の情報に詳しい論者はこう語る。

「アフガンの事態は米同時多発テロが発生した時点のアフガニスタンへの逆戻りどころか、20年前と比べて事態は一層悪化している。それはタリバンと「イスラム国」(IS)が連携しているからだ。この点についてクレムリン筋はこんな指摘をする。

 『近隣諸国が心配するのは、アフガニスタン国内に存在する5000人以上の武装したIS戦闘員の存在だ。タリバンは彼らと2019年に合意を形成、ISの支配地域における継続支配を認め、外国での活動を許す代わりに、政府への参加を求めないという取引をした。すでにISはアフガニスタンから隣国のタジキスタンとトルクメニスタンに派兵を開始しており、国境警備隊と武力衝突が発生している』 」

ISとETIMが新疆ウィグルの騒乱に向けて共闘するのは必至と言えよう。

こんな中、「中国と米国はともにイスラム過激主義グループの国際運動を恐れている。このため外交官や技術者を共同で訓練するなど、米中はアフガニスタンですでにいくつかの協力関係を築いている」などとの大甘と言える見方がある。さらには、「スタン系の国々にとっても、実際にはアフガニスタンの統治者は誰でもよく、大事なことはアフガニスタンの情勢の安定と治安維持によって、麻薬の自国への流入と過激派組織の自国への流入を食い止めることという共通の目的が存在する」との指摘もある。

しかしながら、米国が英国をはじめNATO主要国の艦隊を自衛隊とともに南シナ海・西太平洋に結集させている今日、西の中央アジア側から中国を封じ込めて初めて対中包囲網は完成する。今回の米軍撤収はアフガンにカオスを作り上げ、中国をイスラムテロ活動で混乱させ上海協力機構(SCO)加盟の中央アジア諸国を動揺させることに真の狙いがあると思われてならない。その意味では動きが本格化すれば日本やNATO主要国が関わる東側からの冷戦型封じ込めと異なり、テロリスト集団を使った血塗られた代理戦争となる。