■米のETIMテロ組織指定解除
1990年代半ばごろから高まってきた米欧諸国を中心とする「中国の台頭」の声に呼応するかのように、ウイグルの治安状況は悪化した。2009年7月のウィグル騒乱はそのピークとなった。西側は死者を数万人規模と発表したが、中国当局(新華社通信)のそれは192人だった。騒乱発生時、G8サミット出席にためイタリアに滞在していた当時の胡錦涛国家主席は出席を取りやめ急遽帰国した。当時の先進国首脳会議(G7)にはロシアも招かれG8と呼ばれていたが、2009年7月のG8には中国も招待された。騒乱発生が胡錦涛イタリア到着とほぼ同時だったのは偶然だったのか。
中国指導部の米国への憤怒を決定的にしたのは新疆ウイグル自治区ウルムチ駅で2014年4月30日に発生した爆破事件だ。中国当局は3人が死亡、79人が負傷したとされるこの事件を習近平国家主席の現地視察に合わせて実行されたとみている。事件はアル・カイダ系テロ組織と認定されている上記の東トルキスタン・イスラム運動(ETIM)など「テロリスト」の仕業だと非難。これを契機にイスラム武装組織が新疆ウイグルをはじめ中国西域で活動を活発化すると懸念した。
新疆社会科学院の研究者らは「今回の襲撃は非常に巧みに組織化されており、習主席の訪問に合わせて実行された」「中国政府に挑戦していることは極めて明白」と語った。このような状況を背景に、中国当局は一般ウイグル人の一部をテロ組織から隔離、保護するため標準中国語学習を柱とする再教育センターや職業訓練所を設けたと主張している。ただしETIMなどテロ組織との関係を嫌疑された者は少なくなく、かなりの規模の施設で厳しい取り調べを受け、「再教育」という名の下、懲役刑に服しているとみられる。
米国はこれを強制収容所として大掛かりな反中プロパガンダに利用し始め、ついにはジェノサイド認定に踏み切ったわけだ。2020年末には中国の上記のような「再教育」活動正当化の主張に水を浴びせかけるかのように米国務省は東トルキスタン・イスラム運動(ETIM)を「テロ組織」の認定リストから除外した。1997年に創設されたETIMの母体「トルキスタン・イスラム党」(TIP)は2001年の米同時多発事件を受けて2002年に国連安保理、続いて2003年の中国政府、翌2004年には米国政府がテロ組織に指定した。このほか英国、欧州連合(EU)、ロシア、キルギス、カザフスタンなど7カ国も指定していた。
米国のテロ組織指定解除の理由は「リストから除外したのは、ETIMが存続している確証が10年以上前から得られていないため」という根拠の乏しいものだった。米諜報機関はETIMがシリアでアサド政権打倒を目指す反政府勢力に合流したことを確認しており、指定解除理由はでっち上げと言える。指定解除はポンペオ前米国務長官によって表明された。この際、ポンペオは「ウイグルでジェノサイド(大量虐殺)が実施されている」と再度強調した。米国の狙いはETIMの活動を促してウィグル、中国へ侵入させることと思える。米軍は撤収しても、CIA、特殊部隊、傭兵ら2万人近くがアフガンに残留すると伝えられている。
■中国包囲の要としてのアフガン
中国の悪夢は、アフガニスタン国内の情勢の混乱と治安の悪化により、隣国のタジキスタンやトルクメニスタンにいるとされるETIM(東トルキスタン・イスラム運動)がアフガニスタンに入り込み、米機関と繋がるアルカイダやイスラム国(IS)の残党と結託し、アフガン経由で新疆ウイグル自治区に侵入して、新疆ウイグル自治区をテロ攻撃し情勢を混乱させることだ。そもそもタリバンには隣接するウィグルからアフガンに逃亡した者が少なからずいる。
ロシア政府筋の情報に詳しい論者はこう語る。
「アフガンの事態は米同時多発テロが発生した時点のアフガニスタンへの逆戻りどころか、20年前と比べて事態は一層悪化している。それはタリバンと「イスラム国」(IS)が連携しているからだ。この点についてクレムリン筋はこんな指摘をする。
『近隣諸国が心配するのは、アフガニスタン国内に存在する5000人以上の武装したIS戦闘員の存在だ。タリバンは彼らと2019年に合意を形成、ISの支配地域における継続支配を認め、外国での活動を許す代わりに、政府への参加を求めないという取引をした。すでにISはアフガニスタンから隣国のタジキスタンとトルクメニスタンに派兵を開始しており、国境警備隊と武力衝突が発生している』 」
ISとETIMが新疆ウィグルの騒乱に向けて共闘するのは必至と言えよう。
こんな中、「中国と米国はともにイスラム過激主義グループの国際運動を恐れている。このため外交官や技術者を共同で訓練するなど、米中はアフガニスタンですでにいくつかの協力関係を築いている」などとの大甘と言える見方がある。さらには、「スタン系の国々にとっても、実際にはアフガニスタンの統治者は誰でもよく、大事なことはアフガニスタンの情勢の安定と治安維持によって、麻薬の自国への流入と過激派組織の自国への流入を食い止めることという共通の目的が存在する」との指摘もある。
しかしながら、米国が英国をはじめNATO主要国の艦隊を自衛隊とともに南シナ海・西太平洋に結集させている今日、西の中央アジア側から中国を封じ込めて初めて対中包囲網は完成する。今回の米軍撤収はアフガンにカオスを作り上げ、中国をイスラムテロ活動で混乱させ上海協力機構(SCO)加盟の中央アジア諸国を動揺させることに真の狙いがあると思われてならない。その意味では動きが本格化すれば日本やNATO主要国が関わる東側からの冷戦型封じ込めと異なり、テロリスト集団を使った血塗られた代理戦争となる。