独首相訪中の衝撃:G7を空洞化、中露主導の新ユーラシア構想への参入を促進 

ドイツのオラフ・ショルツ首相が11月4日に独有力企業トップを引き連れて中国を訪問、習近平国家主席と会談した=写真。ドイツは2022年のG7議長国であり、ショルツの北京到着は独北西部ミュンスターでG7外相会議が開催されていた最中であった。ここ20年、膨張する中国の脅威を煽り、2014年以降は脅威の対象にロシアを加えた主要国・G7の議長国としては前代未聞の振る舞いである。欧州連合(EU)の盟主ドイツは米国主導の中国・ロシア封じ込め政策と距離を置き、ロシアの唱える新ユーラシア主義や中国の一帯一路・新シルクロード構想と融和するとの姿勢を世界に向けて示した。米国主導のG7空洞化の加速と中露主導の新ユーラシア主義の拡大を促進している。

<注:本稿は2022年3月14日掲載「敵視されるドイツ 日本はアメリカ幕府の外様 ウクライナ危機と米、独、日」の続編となる>

■ドイツ・EUにしわ寄せ

ロシアのウクライナ侵攻に伴い西側諸国が踏み切った対ロシア経済制裁は当初予想されていたような「ロシア経済の混乱」を招来させていない。逆に、ロシア産天然ガスへの依存脱却を強いられているドイツ経済は大きな打撃をこうむっている。ドイツ経済研究所(DIW)によると、悪影響は今後何年も続く見通しで、今年の成長率は3%ポイント下押しされる見通し。マルセル・フラッシャーDIW所長は、「今年の成長率について年初時点では4.5%と予想していたが、おそらく1.5%程度にとどまる」「侵攻の影響は2025年まで続く可能性がある」との見方を示した。

こんな中、ロシアとドイツを結び、稼働すれば2,600万世帯分に相当する1,100億立方メートルのガスを供給できる天然ガスパイプライン「ノルドストリーム」が何者かに破壊され、ウクライナ戦争に関与するシュルツ政権への支持率は低下を続けている。米英はロシアの「偽旗作戦」、ロシアは(米英が絡んだ)ウクライナの破壊工作と非難の応酬を繰り返す。ウクライナ戦争のしわ寄せはドイツやEU加盟国にもたらされ、米国のエネルギー業界はロシア産に代わる対EU燃料輸出で空前の活況を呈している。

■対中デカップリングを拒否

このためショルツ首相は北京での習近平国家主席との会談で、ドイツの国内経済がインフレと景気後退リスクに直面する中、「最大の貿易相手国・中国との協力関係を継続する必要性を強調した」と伝えられた。同行した独経済界代表団はフォルクスワーゲン、BMW、シーメンス、アディダス、バイエル、ドイツ銀行などのCEOら12人で構成された。

新華社通信は、「ショルツ首相は中国とのデカップリングに反対する姿勢を鮮明にした。そして、首相はドイツとEUはより広範で穏健な貿易関係を構築する必要があり、特定の国とデカップリングをしてはならない。中国を含む多くの国、アジア、アフリカ、中南米の新興国と貿易を展開しなければならないと語った」と伝えている。この報道が正確であれば、これはドイツとEUは米英の中露封じ込めとは距離を置くとの宣言である。

もうこの10年、ドイツはロシアと同様、米英の目の上のたん瘤となっている。米国に同調しているEU加盟国はポーランドくらいだ。

こんなドイツ・EUに対する米国の敵意を象徴的に吐露した米政府高官の口汚い言葉がある。

2014年2月にウクライナで起きたヤヌコビッチ大統領を追放したクーデターの最中、クーデターを現場で指揮していたビクトリア・ヌランド国務次官補(当時)は電話でジェオフリー・パイアット駐ウクライナ米国大使とヤヌコビッチ追放後の「次期政権」の閣僚人事について話していた。会話は電話盗聴され、ヌランドは事態の話し合い解決を求めたEUの盟主ドイツを念頭に「EUなんか、クソくらえ」と口にした。

■敗戦国ドイツへの視線

そもそも1975年のG5(米、英、仏、西独、日)による初サミット以来、米国がドイツ、日本を参加させてきたのは、敗戦国の両国が驚異的な復興を成し遂げ欧米の戦勝国サイドの経済的な脅威となりつつあったためである。米英が作ったいわゆる戦後の国際秩序とルールで独日を管理しその台頭と脅威を抑制するためだった。にもかかわらず、日本の政府とメディアはG5参加を第一次大戦後のベルサイユ講和会議での5大国の仲間入りが再現したように描いてきた。それは大きな情報操作であった。

戦後の経済復興で1980年代に再び脅威となった日本は米国の周到な策略によって、バブル経済破たん後の30年で大きく衰退した。次に米英の矛先が向かったのがEUの盟主となった同じ敗戦国ドイツである。エマニュエル・トッドは2015年にこう書いた。

「ユーラシア大陸支配の理論家として筆頭のズビグネフ・ブレジンスキーはロシアのことで頭がいっぱいでドイツの台頭を見落とした。見落としたのは、アメリカの軍事力がNATO(北大西洋条約機構)をバルト海沿岸やポーランドや、かつての共産圏諸国にまで拡大することにより、ドイツにまるまる一つの帝国を用意したということだ。その『ドイツ帝国』は当初はもっぱら経済的だったが、今日ではすでに政治的なものになっている。ドイツはもう一つの世界的な輸出大国である中国と意思を通じ合わせ始めている。」「NATOの東欧への拡大は結局ブレジンスキーの悪夢のバージョンBを実現する可能性がある。つまり、アメリカに依存しない形でのユーラシア大陸の再統一である。」

<注:3月3日掲載記事「プーチン追い詰めたブレジンスキー構想 ウクライナ危機と米のユーラシア制覇」など関連論考を参照されたい>

■ロシアに組み込まれたドイツの歴史

一定期間、ドイツに滞在してみれば、ドイツとロシアとの歴史的なつながりの深さを痛感するはずだ。王室相互の婚姻関係、ドイツ領邦国家の雄プロイセンが進めたロシアに向けた東方移民政策。今日はロシアの飛び地領となっているカリーニングラード(旧ドイツ騎士団領ケーニヒスベルク)からバルト三国、遠くはボルガ河沿岸にまでドイツ人入植地域が広がる。第二次大戦終結時までに生まれた世代の第一外国語は圧倒的にロシア語である。ドイツと敵対し続けたロシアではあるが、それだけに互いをよく知り、関わり合いは深い。

就任から間もない時期のロシアのプーチン大統領のベルリンでのドイツ語演説や2007年ミュンヘン安保会議での厳しい米国批判は米英ではこき下ろされてきた。だがドイツでは概ね名演説として語り継がれている。メルケルとプーチンとの親密さはあまりに有名である。ドイツの正統な社会主義政党の社会民主党(SPD)党首オラフ・ショルツが米英流の新自由主義に唯々諾々と屈するはずがない。

■米英VSユーラシアの戦い

米国のウクライナを代理としたロシアとの戦争は同時にドイツと欧州の経済を衰退へと追い込んでいる。

日本の経済学者植草一秀氏は11月8日付ブログで簡潔かつ的確にこう述べている。

現在の世界経済を覆う暗雲の正体は「バイデン・スタグフレーション」。物価上昇=インフレ-ションと景気悪化=スタグネーションの同時進行をスタグフレーションと呼ぶ。世界経済を襲っている経済現象がスタグフレーションだ。スタグフレーションを加速させる主因になったのがウクライナ戦乱である。

このウクライナ戦乱は回避可能なイベントだった。ウクライナ東部のドンバス地域で内戦が生じた。この内戦を収束するためにウクライナとロシア、ドネツク・ルガンスク両地域、さらにフランス、ドイツが関与して「ミンスク合意」が制定された。

ドネツク・ルガンスク両地域に高度の自治権を付与することで内戦を収束させることで決着が付いた。ウクライナ政府がこの合意を誠実に履行していれば問題は解決した。ところが、ウクライナ政府がミンスク合意を踏みにじった。

ウクライナの背信行為を裏側で誘導したのがバイデン政権である。バイデン大統領はウクライナにミンスク合意を一方的破棄させて、ロシアの軍事行動を誘発したと言える。」

こんな中、ドイツ政府はロシア、中国にドイツ・欧州大陸を加えた新ユーラシア構想の拡大へと進み始めている。

 

渝新欧鉄道(ゆしんおうてつどう Yuxinou Railway)がドイツの中露主導の新ユーラシア主義参入の先駆けとなった。重慶市を発着するルートはカザフスタンロシアベラルーシポーランドを経由し、徐州を発着するルートはモンゴル、ロシア、ベラルーシ、ポーランドを経由してデュースブルクへ至る。

2011年に中国の重慶市とドイツのデュースブルク市を結ぶ長距離貨物列車が設定された。重慶市は中国内陸部で、沿岸部の港湾まで1500km以上あり輸出産業発展の足かせとなっていたが、陸路で欧州の物流のハブ拠点となっているデュースブルクへの輸送手段を構築、輸送日数短縮(海上輸送比20日以上の短縮)やコスト削減を実現した。2020年には、徐州市を発着地とする貨物列車も設定、46TEU貨物コンテナ列車「中欧班列」が年間1万本以上運行されている。

欧州ロシアと中国を結ぶ北極海航路、スエズ運河を回避するインドのムンバイからイラン、アゼルバイジャンを経由、ロシアのサンクトペテルブルグを鉄道、道路、船でつなぐ、現在建設中の「南北輸送回廊」へドイツが参入するか否かが今後の大きな焦点となる。

ロシアのニュース専門局「RT」は今回の独首相訪中に際し、「ショルツ首相が中国を訪問したからといって、米国からの圧力に対抗する気概はありそうもない」と報じた。この評価は悲観的過ぎるのではなかろうか。