バイデンはポンペオ路線継承へ 日・ASEAN関係損ねる

米大統領選で当選を確実にしたバイデン前副大統領(民主党)が対中冷戦宣言した米ネオコン・ポンペオ国務長官の路線を継承しそうだ。11月12日に菅義偉首相と早々初の電話協議を行い、暗に「尖閣を守ってやるからASEAN諸国を出来るだけ多く対中包囲網に引き込め」と要求。来年1月に発足予定の米新政権の本音をむき出しにした。大統領就任前のこのような発言は異例というより前代未聞である。共和、民主を問わず米2大政党の本流は軍産複合体と繋がっている。さらに防衛費の倍増(対GDP比2%超)、現在約8割を負担している米軍駐留経費の増額、日本での中国向け弾道ミサイル配備など軍事絡みでも新政権の対日要求が相次ぐのは確実だ。

■日本経由の米ASEAN政策

同じ12日、日本と東南アジア諸国連合(ASEAN)各国の首脳との間でテレビ会議が開かれた。日本、中国、韓国は年次のASEAN首脳会議を受けて、「ASEAN+3」と称して個別にASEAN首脳との会議を毎年11月に開催している。近年はインドも加わった。バイデンはこの動きに照準を合わせ日本に対し電話攻勢に出たわけだ。

【写真】オバマ政権の副大統領として訪中したバイデン氏(2011年8月)

 

バイデン氏が副大統領だった2014年、オバマ大統領(当時)は「米国の日本防衛義務を定めた日米安保条約第5条が沖縄県・尖閣諸島に適用される」と明言した。バイデンは12日に電話会談で早々とこの継承を強調したわけだ。当然にも中国側は「魚釣島(尖閣)は中国固有の領土」と猛反発した。歓迎の姿勢を見せた菅首相は早速同日、ASEAN各国首脳に南シナ海、東シナ海などで海洋進出を強める中国を念頭に、オウム返しのように「自由で開かれたインド太平洋」構想での連携を呼び掛けた。これは言葉を換えた、クアッドと呼ばれる日米豪印の対中包囲網参加への呼び掛けである。

■戸惑う日本、白けるASEAN

ASEAN諸国はこの呼びかけに戸惑っている。親中・反米に外交を大転換したフィリピンはこれを無視、非同盟路線を貫くマレーシア、インドネシアの反応は冷め、南シナ海領有権を巡り激しく中国と対峙するベトナムも口をつぐんだ。ASEAN10カ国中この日本の呼びかけに前向きに対応した国はゼロである。

米中貿易戦争も影響して、中国、ASEANともに互いが最大の貿易相手となり、中国企業のASEAN直接投資も目を見張る伸びを示している。経済分野における中国のプレゼンスは米日欧を凌駕した。ASEAN各国は「安全保障は米国、経済は中国」と棲み分けるわけにはいかない。日本政府の呼び掛けはもはや迷惑以外の何物でもないのだ。

菅首相の初外遊先をASEANにするよう米国に促された日本政府当局者も本音では同様に困惑しているはずだ。「アジアの盟主の座」を中国に譲った今、日本の主要企業にとって巨大な中国市場は垂涎の的である。日本の成長にとっても中国の内需に照準を合わせた投資は欠かせないというのが日本の経済界の嘘偽らざる本心である。「習近平の国賓訪日で盛り上げたいが、ワシントンの逆鱗は招きたくない」。日米安保基軸という対米従属の宿痾に悩む。

■「二者択一を迫るな」

親米シンガポールのリー・シェンロン首相は今年6月、外交専門誌フォーリン・アフェアーズに寄稿し、「中国は軍事大国になったが、東南アジアで米国が現在担っている安全保障上の役割を…将来において引き継ぐことはできない」と主張。その理由として「中国が南シナ海で東南アジアの幾つかの国と領有権を争っている事実など微妙な問題が中国の役割を制約するからだ」と米国を擁護してみせた。だがこのリー首相でさえ「米国か、中国かの選択の時がくる」との戸惑いを口にしたことがある。今やASEANの総意は「どっちを選ぶかと問うな」となった。

菅首相はASEAN首脳に「今後3年間に東南アジアで鉄道や道路などの技術者1000人を育成することや、進行中の総額2兆円規模のインフラ整備プロジェクトの支援を継続する」と「餌をまいた」ものの、中国の対ASEAN経済攻勢には及ぶべくもない。北京はせせら笑っているはずだ。

■涙ぐましい対米配慮

安倍首相(当時)は2013年初頭の第二次政権発足後初の訪米前にオバマ政権にASEAN歴訪を促された。そしてその後、1年以内にASEAN加盟10カ国をすべて訪問してしまった。涙ぐましいまでの対米配慮だった。歴訪中、シンガポールで待ち受けたバイデン副大統領(当時)が安倍氏に「あまり中国を刺激する発言は避けよ」と注文を付けたことがいまだ記憶に生々しい。

オバマ政権で米国の安全保障の重心をアジア太平洋地域へと旋回するピボット(pivot)政策を主導したといわれ、「外交のバイデン」を自負する同氏。米新大統領に就任すれば、日本政府のASEAN外交にかつてない負担を求めてくるのは必至だ。

「尖閣は日米安保条約第5条の適用対象」とのリップサービスのつけは限りなく大きい。