9月16日に退陣したばかりの安倍晋三前首相が早々3日後の同19日に靖国神社を参拝した。退陣した直後でまだ政権の移行期であっただけにあまりにも露骨であった。安倍氏がいかに「靖国に参拝したし、されど叶わぬ」と悶々としていたかを強烈に印象付けた。まさに「矢も楯もたまらず」詣でたのだ。安倍氏の靖国参拝は極右ナショナリズム路線を維持しようとする日本の保守政治の実態とそれをけん引し続けたいとする同氏の意思をまざまざと見せつけた。さらには、再々登板に向け、中国を挑発して反中ナショナリズムの一層の高揚を図り、米中対決を主導する米ネオコンに存在感をアピールする一面も垣間見える。
■「敗戦の否認」としての靖国参拝
内閣総理大臣を筆頭に靖国神社に参拝した国会議員(ほとんどが自民党議員)は「国のために命を捧げられた英霊に尊崇の意を表するのは当然のこと」と異口同音に語る。果たしてそうか。
いうまでもなく、戦前・戦中における国とは「天皇大権の大日本帝国」である。主権者は天皇であり、一般国民は臣民だった。臣民とは君主に支配される人民を指す。ならば命を捧げた国とは天皇の支配する国のことであり、人々は臣民として「天皇のために命を捧げた」のである。「『天皇陛下万歳』と叫んで死ね」。旧日本軍の兵士がこう強要されたことからもこれは自明といえる。
戦死した兵士は家族を友人、知人を守ろうとの思いでいっぱいだったことだろう。だが靖国思想のいう国とは天皇のことである。真摯に学べば、このような事実は中学生レベルで理解可能なことである。
1945年8月末、厚木に降り立ったダグラス・マッカーサーは「日本では西欧で400年前に解体された(政教一体の)統治システムが温存されている」と語ったという。日本に降伏を受諾させたポツダム宣言の核心は「日本人を天皇信仰から解放する」ことであった。したがって連合国最高司令官総司令部(GHQ)は日本民主化の重要な第一歩として神道指令を出して、信教の自由の確立、軍国主義の排除、国家神道の廃止、神祇院の解体を通じて政教分離を果たした。
国家神道の廃止、神社を監督する内務省の外局・神祇院の解体は靖国神社の解体につながり、「天皇のために戦死した」将兵を英霊として祀る靖国思想の全面否定を意味した。一時は焼却も検討されたという靖国神社は一宗教法人として辛うじて生き延びたのが実態だ。
全国の神社を統括する神社本庁は一貫して神道指令に反発を続けており、安倍・菅政権と一体の日本会議の主要構成組織である。また関連団体として神道政治連盟国会議員懇談会があり、票欲しさに参加している国会議員が圧倒的多数と思われる。
いずれにせよ現職首相のみならず、戦後の新憲法の下、民主的手続きで選ばれた選良である国会議員が靖国神社を公式参拝することは戦後体制の否定のみならず、敗戦自体の否認であり、安倍前政権のスローガン「戦後レジュームからの脱却」の核心をなす。
■米政権、ネオコンの黙認
退陣直後の露骨な安倍靖国参拝に対し、中国は「安倍氏は2013年の靖国参拝以降、中国と韓国から強烈な批判を受けて参拝しなくなったために日本の右翼を失望させた。参拝は右翼への償いである」、韓国は「日本の植民地侵奪と侵略戦争を美化する象徴的施設である靖国神社を、退任直後に参拝したことに深い憂慮と遺憾を表する」との公式声明を出した。習近平国家主席の国賓として訪日実現を望む中国政府のコメントがいささか控えめだったのに対し、韓国・文政権の声明は日本の右翼政治家グループの病根を真正面から指摘して批判している。
米国はどうか。2013年12月の安倍氏の現職首相としての公式参拝に対してオバマ民主党政権(当時)が在日米国大使館を通じて出した「失望した」との異例の声明が安倍靖国参拝の足かせになっていた。だがトランプ共和党現政権からは一切コメントはない。それは限りなく容認に近い黙認と言える。
■再々登板への胎動
安倍氏は退陣声明からわずか1カ月後の9月末には自民党の最大派閥・細田派を実質率いる動きを見せ、早くも「薬が効き、病気(潰瘍性大腸炎)は回復してきている」と怪気炎をあげた。またこれを支える日本会議傘下のオピニオン機関「国家基本問題研究所」は「菅首相には国家観がない」と批判、二階俊博幹事長ら党内親中派への非難を重ねて「菅政権は中国に断固たる姿勢を示せ」と要求している。この見解は日本を牛耳っている米ネオコンの代弁とみて良い。
「安倍さんの次は安倍さん」と安倍4選ありを最初に口にしたのは二階氏である。昨年末には安倍氏の後見人麻生太郎副総理も「憲法改正するには4選しかない」と断言していた。
自民党総裁4選には再び党規約の改正が必要だった。病気療養と体調回復のため菅氏に1年間総理総裁の座を譲れば、党規約を改正することなく、安倍氏は実質的に政権を継続できる。安倍氏はまだ60代半ば。今秋の米大統領選の結果にもよるが、米ネオコンは出来もしない憲法改正を唱え、対中強硬姿勢に徹する”強い日本政府”が必要なのである。まだネトウヨに煽られた人々は「強いニッポン」と安倍・菅政権を重ね、これを支持する。
安倍政権下、米連邦議会での「希望の同盟」演説やNATO本部での「価値観共有」演説などで日本政府は自由主義諸国と「自由と民主主義」の絆で結ばれていると誓った。否、実態は異質で危険な日本政府を誓わせたのである。
ワシントンは今回の安倍靖国参拝は国内右翼勢力のガス抜きに必要とみて黙認したと見るべきだ。
安倍氏の再々登板に向けての「瀬踏み」の動きに注目したい。