最近の世論調査支持率が軒並み危険水域の20%台に落ちこみ、完全にレイムダック状態となった岸田文雄首相。いつ岸田降ろしの嵐が吹き荒れてもおかしくない。なのにメディアでは水面下でのさまざまな動きが取りざたされているが、表向きは高市早苗経済安全保障担当相が勉強会と称して来秋の自民総裁選に向け自らの派閥を立ち上げようとしたほかは目立った動きはない。こんな中、バイデン米大統領が2024年早期に国賓として岸田首相を米国に公式招待するとした。これは「しばらくは岸田を温存せよ」との永田町への強い「お達し」とみるべきだ。これで12月13日の臨時国会終了をもっての岸田辞任説も「年明け破れかぶれ解散」の可能性も消えた。東京地検が自民党の派閥パーティー収支「裏金」疑惑捜査で安倍派に的を絞っているように、安倍暗殺以降目立って蠢き始めた安倍派を中心とする自民党反米右派を潰すことがワシントンにとって喫緊の課題となっている。これを背景に岸田内閣は安倍派幹部を主要閣僚、党三役から一掃し、支配体制を強化してしぶとく生き延びるだろう。
2022年7月掲載の論考「米政権の豹変と安倍国葬 「血を流せる国」にすると冷遇一転し絶賛 | Press Activity 1995~ Yasuo Kaji(加治康男) (yasuoy.com)」で論じたように、安倍政権が前年に集団的自衛権行使容認を閣議決定し新安全保障法案の国会審議を控えた2015年4月にオバマ米政権は安倍首相(当時)を国賓級の賓客として招き、2013年訪米での冷遇が信じられないほど一転した厚遇と安倍絶賛をおこなった。ハイライトは米連邦議会上下両院合同会議に日本の首相として初めて招待され行った演説だった。「希望の同盟」と銘打った演説は「自衛隊と米軍の協力関係は強化され、日米同盟はより一層堅固になる。戦後、初めての大改革である。この夏までに成就させる」との決意を表明。議員らは演説に幾度となくスタンディング・オベーションをもって応え、この演説が第二次大戦後の日米関係を大きく転換させるとのムードを盛り上げた。それはテレビなどを通じて放映される画像を見つめる日本人への「日米同盟は新時代へ」とのメッセージでもあった。
恐らく岸田には安倍に続く連邦議会上下両院合同会議で演説する二人目の首相としての栄誉が待ち受けていることだろう。安倍は新安全保障法案の成立前に国賓待遇された。ところが岸田政権は2022年12月に敵基地攻撃能力(反撃能力)保有などを明記した安保関連3文書を閣議決定し、2023年1月にこれを土産に訪米。防衛費倍増を米側に伝え、自衛隊と米軍の一体運用に向け方針を擦り合わせ、日米の防衛協力の指針(ガイドライン)を改定した。安倍の場合とは対照的に、年明けの首相国賓訪米はピンチに陥った岸田に破格の厚遇を行い、決して”ダメ宰相”ではないとの印象操作を日本の世論に対して行うのが目的であろう。岸田の後見人、自民党副総裁麻生太郎は今年9月、福岡市で「安倍(晋三元首相)さんが出来なかったことを、岸田(文雄首相)がやった。リーダーシップはあるんじゃない? そう思いませんか」と演説している。官邸筋によると、安保関連3文書の閣議決定を受け、岸田は「俺は安倍さんでも出来ないことをやった」と語ったという。翌1月の訪米の際、バイデンが岸田の肩に手を当てるとかつて見せたことのない、おもねりに満ちた笑みを浮かべたのは記憶に新しい。
【写真】右は2013年3月の安倍首相訪米の際、オバマ大統領は正式な記者会見を開かず、形だけのワーキングランチを用意したが、大統領のテーブルに置かれたのはミネラルウォーター1本だけ。国粋右翼を装う安倍に対する徹底した嫌悪感が示された。ホワイトハウス内で記者団へブリーフングするオバマを見つめる安倍は終始困惑した表情だった。
左は2023年1月の岸田訪米の際、バイデンは「よくやった」とばかりに岸田の肩に手をまわした。岸田の表情は今日の日米関係をこのうえなく象徴している。
岸田は日本の支配層を震撼させた安倍暗殺の深層を誰よりも知っていることだろう。1955年の結党以来、自民党幹部の米権力中枢に対する畏怖の念は想像を超えるものがあるはず。それは安倍暗殺で極限にまで高まった。一例を挙げる。岸田は、経済政策で当初、ケインジアン的な「成長と分配の好循環で所得倍増を目指す新しい資本主義」を謳った。だが「影の政府」の一角、世界経済フォーラム(WEF)のクラウス・シュワブ会長が訪日すると直ちにWEF提唱の「新しい資本主義」に迎合し、新自由主義的な投資による資産拡大促進へとすり替えた。日本の首相の外交は、恥も外聞もなく、ワシントンの御用聞きに徹している。ウクライナ、パレスチナ、中国、ロシアをはじめあらゆる課題を巡り、下僕のように一点の曇りもなく米国、NATOに追従する。岸田は自分の言葉で語ることがない。何かにおびえるかのようにすべて官僚作成の文書に目をやりながらしゃべる。これほど使いがってのいい傀儡はいない。リモコン操作できるロボットと揶揄できる。
米ネオコン政権は「日本を再び脅威としない」との78年前に日本占領をスタートした際の米国の対日政策の原点を固持している。2012年の対日勧告書「アーミテージ報告書」は日本政府に「平和憲法は維持せよ。集団的自衛権行使容認は解釈改憲で行え」と指示した。安倍政権は表向き忠実に従った。しかし、いわゆる岩盤保守層の不満をガス抜きしようとやがて現憲法9条2項に「自衛隊を明記する」改正案を加憲案として打ち出した。安倍の本心はいうまでもなく「占領憲法の破棄、自主憲法制定と自衛隊の国軍化」であったが、加憲案すらワシントンに足蹴にされた。安倍派の大半の議員の内心は反米で渦巻いている。2022年12月掲載論考「ウクライナ戦争で露呈した米国の欺瞞へ矛先 安倍暗殺と反米保守再台頭 | Press Activity 1995~ Yasuo Kaji(加治康男) (yasuoy.com)」で論じたように、安倍派とその取り巻き右翼の間に激しい反米感情が巻き起こっている。彼らは反米自立と皇国日本再興を臆することなく口にし、自立には核武装が必要と主張する。まさにこれは安倍晋三の遺言である。
政治資金収支報告書に記載されたパーティー収入が議員の裏金になった疑いがあるとメディアは騒ぎ始めた。パーティー券の販売ノルマを超えて所属議員が集めた分について、議員側に還流させるキックバックが続いてきたとされる。自民党のすべての派閥で行われているのに、安倍晋三亡き後分裂必至とみられている最大派閥安倍派に焦点が当たり、同派は2022年までの5年間で計約6億6千万円を議員に還流させたと判明。東京地検特捜部は裏金づくりが長年にわたり常態化していたとみて捜査、関係者の事情聴取を始めた。政治資金規正法違反(不記載・虚偽記入)の疑いでの立件を視野に、派閥の事務担当者らに対し任意で事情聴取を進めている。こんな中、安倍派から逮捕者が出るとの憶測が出て、報道は安倍派一色の様相を呈しつつある。この検察の動きは間違いなく安倍派潰しの国策捜査である。強制捜査に乗り出せば、同派の分裂、解散への最後の一押しとなるだろう。捜査の進展とともに、岸田辞任と内閣総辞職、解散総選挙も遠のいてゆこう。
岸田は先の参議院予算委員会で野党議員に「総理あなたは任期中に改憲を成し遂げたいと語ったが、憲法審査会やそれに先行する関係委員会の委員に一度もなっていませんね。それは改憲の熱意がないからではないか」と問われた。もちろん岸田に改憲の意思はない。安倍派や国粋右翼層に配慮して口先ばかりの改憲を唱えているに過ぎない。安倍一次政権(2006-2007)を支えた日本会議をはじめ超国家主義者を含む岩盤保守層にもっとも遠いところにいるのが岸田文雄であり、自民党宏池会である。ワシントンは安倍派を解体に追い込むまでは「危なくない無色な」岸田総理を温存しようと動いている。それが彼らにとっての日本政治の安定であり、日本メディアの騒ぐパターン化した「政治とカネ」の問題に関心は一切ない。
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