2022年7月、安倍晋三元首相が銃撃され命を落とした事件の真相については今なお多くの議論がある。だが確実に言えることが一つある。あの事件を境に、日本の保守政界を覆っていた国家主義の勢いが急速に萎縮したという事実である。その象徴が、高市早苗首相が公約としていた8月15日の靖国神社公式参拝の中止であった。
また中川昭一や安倍晋三が率い、高市早苗が副会長を務めてきた「創生日本」は安倍暗殺後まもなく活動を停止した。創生日本は、戦後保守政治の中でも際立って強い国家主義色を帯びた議員団体だった。研修会では、「国民主権や基本的人権、平和主義はGHQの押し付けであり、真の自主憲法のためにはこれらを取り除くべきだ」と語られ、「国を護るためには国民が血を流す覚悟が必要だ」と説かれ、「日本にとって最も大事なのは皇室と国体である」と断言された。さらに尖閣諸島を軍事利用すべきだという声まで上がっていた。戦前の皇国史観や国体論を、ほとんどそのまま現代に持ち込んだような思想である。中国はこれを新型軍国主義と激しく反発している。
高市早苗は、明確に皇国史観を奉ずる歴史観を持っている。しかし、その高市が今、沈黙している。創生日本も活動を止めた。これは単なる政局の変化ではなく、安倍事件、遡っては中川の死を機に「行き過ぎた国家主義は国際的に許容されない」という空気が一気に広がった結果だと見るべきだろう。
安倍暗殺の背景には、統一教会と政治の癒着という構造的問題があった。国家主義的情念が宗教的権威と結びついたとき、社会は危険な方向へ傾く。その現実が、あの事件によって突きつけられた。国家主義が暴力の対象へと転化する危険性を、社会は初めて直視した。創生日本のような「国家主義の祭壇」は、事件後、急速に社会的な支持を失った。
国際環境がこの変化を後押しした。米国は台頭する中国を封じ込めるため、日本の反中感情や軍拡、歴史修正主義を唱える政治家の台頭を“利用”してきた。しかし創生日本の思想は、GHQ憲法=平和憲法を否定し、占領政策に真っ向から異議を唱え、国体論と皇国史観を信じ、自主独立や核武装を志向する。これは潜在的な反米思想である。米国にとってそれは「使える道具」であると同時に、「自らの対日戦略を危険に晒す存在」であった。
安倍、中川による国家主義の暴走は、米国にとっても管理不能なリスクになり得る。創生日本に集う議員の国家主義は、利用できるが危険すぎる。その判断が、ワシントンにも共有された可能性は極めて高い。こうして国家主義の勢いは、国内外の力学によって一気に萎縮した。
高市早苗の沈黙は、その象徴である。彼女は創生日本の副会長として、皇国史観という歴史観を公然と語ってきた。しかし首相になった今、なおさらその思想を堂々と掲げることはできない。事件を機に、国家主義の暴走は国際的には許容されなくなったからだ。高市の沈黙は、個人の政治的計算ではなく、戦後日本保守政治の精神構造が限界点に達したことを示す現象である。
安倍暗殺の真相は不明である。しかし、この事件を機に、日本の保守政界を覆っていた国家主義の暴走が確かに止まったことは、誰の目にも明らかだ。2010年の雑誌での対談で「首相になれば新たな歴史見解を発表して1995年村山談話を無効にする」と豪語した高市早苗は沈黙した。
日本は今、国家主義の暴走と対米従属の狭間で揺れている。このジレンマは克服せねばならない。戦後八十一年、日本は自立国家になりきれなかった。その精神構造に沈着するのが皇国史観だ。そして筆者が執筆中の「会津藩士と探る日本近現代精神史」シリーズの核となる山県軍制思想である。これを解体できるか否かが、これからの日本の未来を左右する。