領袖安倍暗殺に続き与党最大派閥解体で幕開け~ 近代日本第3期への視角 前書き

本ブログは幾つかの論考を介して「2023年を近代日本第三期の新たな77年の元年とすべき」と提唱してきた。2022年が対米敗戦から77年経過し、1868年明治維新から1945年対米敗戦までの77年と並び戦前と戦後が時間的にイーブンとなるからだ。第三期を真に内外に開かれた自主独立の民主共和制国家日本にするためには、まずは戦前期の天皇大権国家と戦後期の主権在民国家の日本がともにアングロサクソン米英とロンドンシティ・NYウォール街の巨大金融資本の掌の中にあったのを確認せねばならない。2023年は米国を筆頭に押しなべて近代をけん引した欧米植民地主義諸国が衰退し、これに対し、かつての植民地グローバルサウスがそれをしのぐ勢いで台頭した。その成長を支えているのが第三世界のリーダー中国とインド、そしてロシアだ。このような世界の歴史的転換が明確に見えてきた中、「近代日本第三期」は前年の領袖安倍晋三暗殺に続き岸信介を祖とする政権与党最大派閥安倍派の解体着手で幕を開けた。これは米英による”日本占領”のリセットとみるほかない。

「日本近代第3期」を展望するには、フランクリン・ルーズベルト大統領とそれを支えたニューディラーと呼ばれた社会民主主義者を排除しようとしたワシントンの超保守派政治勢力と一体のNYウォール街が戦前期日本の昭和天皇側近と宮中及び財閥勢力と深く結ばれていたことを強調しなければならない。その中核となったのがモルガン財閥の縁戚で1931年に駐日アメリカ大使となり10年滞日したジョセフ・グルーである。戦後はジャパンハンドラーの先駆けと言えるジャパンロビー、アメリカ対日協議会(ACJ)を率い岸信介ら戦犯容疑者の釈放にも尽力したとみられる。このように対米従属路線は戦前期にその萌芽を見いだせる。1937年の2・26事件に関与した陸軍皇道派将校が「尊皇斬奸」を唱え「君側の奸」一掃を叫んだ。だが天皇財閥の総帥裕仁天皇は青年将校らの昭和維新の訴えを即座に足蹴にした。当時、裕仁天皇はすでにウォール街に片足を取り込まれていたとみられる。自ら近衛師団を率いて鎮圧するも辞さず」と激怒した所以は、中国権益の配分において米英との妥協路線を模索していたためとも推察できる

裕仁天皇は戦後の1975年に訪米した際、「私人宅訪問は異例中の異例」と宮内庁に言い訳させてニューヨークのジョン・ロックフェラー3世宅を訪問。この際、3世と「(再会の)約束が果たせた」と喜び合ったという。ジョン3世=写真=は1929年に京都で開かれた太平洋問題調査会主催の太平洋会議出席の名目で初めて日本を訪れている。日本太平洋問題調査会の理事長井上準之助をはじめ渋沢栄一澤柳政太郎鶴見祐輔らに歓待された。ロックフェラー一族は東アジアと米国との関係を強化するため、1907年にジャパン・ソサエティ、1956年にアジア・ソサエティを創設している。また戦後の占領末期1951年、3世はトルーマン大統領の特使ジョン・F・ダレスとともに訪日、宮中での非公式晩さん会に招かれ、裕仁天皇と講和条約に加え日米安保条約の締結を協議したという。サンフランシスコ講和条約調印式でも米側使節団の中に民間人でただ一人ジョン3世の姿があった。

いうまでもなく、戦後の日本政治の保守本流は現首相岸田文雄率いる宏池会である。その源対米英協調を唱え軍部と対立し幣原喜重郎を引き継ぎ1946年5月に戦後3人目の首相となった吉田茂にある。戦前戦中、吉田とその岳父牧野伸顕は幣原の対米協調外交に同調し宮中に結成された反軍・停戦工作グループに組した。「天皇周辺から狂信的な皇室崇拝者を排したい」と望んだ最後の元老にして穏健なリベラリスト西園寺公望が切り札として宮中に内大臣として送り込んだのが自由主義的傾向の強かった牧野だった。西園寺は緊縮財政の一環として海軍予算を大幅削減した当時の蔵相井上準之助と牧野を首相候補として推していた。井上は血盟団のテロで殺害され、牧野は2・26事件で襲撃されたが難を免れた。青年期に10年近くフランスに留学、パリコンミューンを目撃し急進共和派クレマンソーらと親しく交流した西園寺も陸軍皇道派や狂信的皇室崇拝グループのテロの標的になった。対米戦へと進む前の天皇制を中枢で支えた上級貴族で民衆蔑視という限界はあるが、西園寺の穏健で柔軟なリベラリズムこそが護憲リベラルを看板にしてきた戦後保守本流の原点と言える。

一方CIAに担がれ朝鮮戦争勃発と軌を一に政界復帰したのが元戦犯容疑者岸信介で、アフガン・イラク戦争遂行と中国台頭を受けネオコン作成の「米国管理下での日本軍事大国化」の神輿に担がれたのが安倍晋三である。大戦末期に本土決戦を唱え陸軍青年将校に支援された護国同志会を実質率いた超国家主義者岸を源流とする傍流派閥清和会(安倍派)は狂信的英霊崇拝者安倍の第二次政権時代(2012-2020)に全盛期を迎えたが、今や排除の対象となった。米英は日本の敗戦から80年近く経て改めて日本の行き過ぎた右傾化と国家主義を是正しようとしている。しかし、それは米英資本の権益のための是正であり、日本をさらなる「失われた低迷の時代」へと導く恐れ大である。(続く)

 

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