直近の掲載記事で強調したように 注 米英を中心とする西側メディアの大半は少なくともロシア、中国報道に関しては政府のためのプロパガンダ機関に堕している。報道は基本的に政府の背後にある「影の国家(ディープステート=DS)」の意向を無意識にも忖度している。ウクライナ戦争勃発と伴に、ロシアのプーチン大統領はガンなど重篤な病で余命いくばくもないと報道された。2年前に始まった「極悪プーチン像」を描き続けた偽報道の行き着いた先が2月16日のミュンヘン安保会議での「殺人者プーチン糾弾」の茶番劇であった。これを受けるかのように、トラス前英首相が同22日に「ディープステートのせいで退陣に追い込まれた」と主張。「英紙フィナンシャル・タイムズなど既得権益を守る層はDSとグルだ」と糾弾した。西側のしかも前任の英政府首脳が公の場でDSを口にし非難したのは前代未聞。同25日にはウクライナ国防省高官が「ロシアの刑務所で死亡した政治犯ナワリヌイの死因は血栓症による自然死」と暴露、「プーチンが殺した」との西側による誹謗中傷の大合唱に歯止めをかけた。トラスらの反逆は米英政府やその取り巻きメディアの正体の暴露であり、世界の情報空間の歪みを多少なりとも是正することになる。
注 007は2度死ぬ、ならばプーチンは何度死ぬ! 米英報道の正体
■カールソンの露大統領インタビューの反響
2月にあった米ジャーナリスト、タッカー・カールソンによるプーチン大統領への2時間超連続インタビューでの「ウクライナ戦争は西側の工作により起こされた」との告発(6日)、ロシアの政治犯ナワリヌイの死亡(16日)、年次ミュンヘン安全保障会議へのナワリヌイ夫人の登壇(16日) トラス英前首相によるディープステート告発(22日)、ブダノフ・ウクライナ国防省情報総局長の「ナワリヌイの死はロシア当局による意図的殺害」との見方の否定(25日)は密接に繋がっている。この一連の出来事は謀略を図るDSとその実行部隊が何者であり、DSの存在を語る者を「ありもしない組織を妄想してでっちあげる」陰謀論者として退けるDSの取り巻き自身が行ってきた陰謀がいかなるものかを半ば明るみに出してしまった。
カールソンのインタビューはX(旧ツィーター)配信され動画再生数は2月10日までに1億回を超したとされる。米国の非公式統計は、2月10日現在、「タッカー・カールソン・ネットワークは12時間前にXでプーチンとのインタビューを放映した。視聴者は9300万人に達し、さらに上昇を続けている」と伝えた。CNNの平均視聴者が122万人、FOXのかつての人気番組タッカー・カールソン・ツナイトの視聴者が同320万人とされていた。カールソン人気も手伝ったとはいえ今回のプーチンへのインタビューはユーチューブ配信を加えると2月末までの再生回数は数億回に達したとみられており、全世界に絶大な反響を呼び起こしている。
米映画監督オリバー・ストーンが2015年から17年にかけ4回行ったプーチンとのインタビューはドキュメンタリー映画や書籍となり大きな反響を呼んだ。それを上回る勢いで今回のカールソンのそれに人々が殺到したのは2022年2月24日にウクライナ戦争が勃発して以来初めての西側ジャーナリストのインタビューにプーチンが応じたからであろう。確たる停戦、終戦の見通しが立たない戦争のさ中であり、戦争の片方の指導者、しかも随一の大物といえるロシアの大統領の主張をXやユーチューブを通じ準ライブ放送として視聴したいと考えた人がいかに多かったが判明した。
「ロシアがNATO加盟国になっていたら?今、核戦争の心配はない。そういう話を米国がけった」ー。最も肝要なのはウクライナ戦争に至るまでの西側との和平構築とその交渉をロシアが拒否したことはなく裏で米国が絶えず拒否してきたとプーチンが指摘したことだ。ウクライナ戦争では2022年3月末、トルコ・イスタンブールでの和平交渉が進展し、これに伴い撤退を終えたはずのロシア軍が首都キーウ近郊の町ブチャで民間人を大量殺戮したとされた「大事件が明るみに出て」交渉は破綻。4月に入るやジョンソン英首相(当時)がキーウに乗り込み、DSからの戦争継続の指示を伝えている。今回のインタビューによりプーチンが破壊工作部隊CIAを手足とするディープステートの正体を知り尽くしていることが明らかになった。しかも英BBCによると、プーチンは「紛争は遅かれ早かれ平和のうちに終結し、両国の住民の関係は回復すると確信している」と余裕をもって語った。
■焦りを露呈、前代未聞の国際会議に
さて、毎年2月にドイツ・ミュンヘンで開催される安全保障会議の日程は前年の閉幕時に決定する。カールソンによるプーチンへのインタビューは2月6日。第60回ミュンヘン安保会議は10日後の16日から18日に行われた。会議欠席が決まっていたロシア側がカールソンインタビューの日程を2月6日に意図的に指定したとみてもうがちすぎとは思えない。返り咲きが有力なトランプ前米大統領が選挙集会で「NATOがロシアから攻撃されても、米国は軍事支出が少ない加盟国を守らない」と受け取れる発言をする一方、プーチンは2月末の年次教書演説でも「戦略核兵器の戦力は、確実に使用できるよう準備が完了している」と述べている。このため会議では「EUにおける核抑止力向上」の声が相次ぎ、プーチンはトランプを上回る世界で最も危険な政治家とされた。これを見越した先制的な反論の場としてプーチンはカールソンとのインタビュー日時を設定したと思える。
カールソンのインタビューで世界、とりわけ西側でプーチンを見る目が変わってきていると焦る英米はミュンヘン会議での討論だけでは「プーチン悪魔化」増幅は十分でないと考えたのではないか。会議開催初日、モスクワからショッキングなニュースが飛び込んできた。ロシアの反体制派活動家とされるアレクセイ・ナワリヌイが2月16日にロシア北極圏にある収監先の刑務所で死去したという。ナワルヌイ死亡に関する西側とロシアの見解の対立については直近の論考で注 「バイデン米大統領がホワイトハウスで「死の責任はプーチンにある」と演説、西側メディアは一斉に「プーチンによる暗殺」と断言した。…だがロシア大統領選挙1カ月前というタイミングでのナワルヌイ死去は西側メディアにプーチン攻撃の格好の新たな材料を与えることになり、動機に欠ける」と主張した。
いずれにせよ会議初日に「プーチンが政治犯を殺害した」とのプーチン悪魔化を増幅できる材料が飛び込むのは出来過ぎというものだ。さらにプーチン・ロシア非難を決定的に盛り上げる舞台が用意されていた。満を持したかのように、2月16日にナワリヌイの妻が議場で登壇し「死亡が確認されれば、ロシアのプーチン大統領とその側近は罰を免れるわけにはいかない」と演説し、ロシアの「恐ろしい政権」に対して団結するよう国際社会に呼びかけた。夫がロシア当局に殺害されるのを予期できていたかのように、ナワリヌイ夫人は事前にミュンヘン入りし、夫の訃報を待っていたことになる。夫に不幸がなければ世界経済を討議するスイスのダボス会議と並ぶ軍事・安全保障を討議する冬季のメジャーな国際会議にナワルヌイ夫人の登壇する理由はない。彼女が国際会議初日の主役として登壇を待っていたことこそ不自然の極みと言わねばならない。
【写真】2007年ミュンヘン安保会議に出席、米英NATOを徹底批判したプーチン大統領。これを機にロシアは対米関係を著しく悪化させG8は2014年に再びG7となった。「唯一の超大国となった米国は国際ルールを超越した存在になった」として米国の脅威となるライバルの台頭を防ぐためにはためらわず軍事力を行使する方針を打ち出していた米ネオコン。プーチンは「米国の一極支配体制は受け入れない。その行動はまったく紛争の解決手段にならない」と厳しく退けた。詳しくは「ロシア巡る独米の攻防 全欧安保体制とブレジンスキー構想 近代日本考:補」を参照されたい。
■ウ国防高官、和平推進代弁か
この不自然な行動はやがて作為的なものであったと判明する。ウクライナ国防省のブダノフ情報総局長が2月25日、「ナワリヌイの死因は、血栓症による自然死だった」と明言し、「ロシア当局が意図的に殺害した」との西側の見方を否定した。ブダノフ総局長は記者団に対し「失望させるかもしれないが、彼が血栓症で亡くなったことがほぼ裏付けられた。残念ながら自然死だ」と述べた。記者団はさておき、バイデン政権はじめ西側政府、DSは大いに失望し、怒ったことであろう。カマラ・ハリス米副大統領、ホンデアライエン欧州委員会委員長ら米欧の女性指導者らとハグし、満場の拍手を浴びて登壇したナワリヌイ夫人がロシアの「恐ろしい政権」に対して団結を呼びかけたこと自体が前代未聞の茶番劇だったのだ。ゼレンスキー大統領と同席してのウクライナ国防省高官のこの発言は米英・NATO諸国によるプーチン・ロシア悪魔化のキャンペーンはいい加減に止めて、和平交渉を進めたいとのウクライナ和平推進派の切実な声とも受け取れる。
ナワルヌイ自身についてさまざまな情報が飛び交ってきた。「プーチンが最も恐れるロシアの反体制運動家」というのは作り上げられたものだとの声は国連機関関係者からも上がっている。彼がかつて極右勢力と手を組んだり、ネオナチとも連携したこともある政治姿勢は広い反発も生んでいる。ウクライナのネオナチやアゾフ大隊ともつながり、民族浄化に手を染めたネオファシストとの非難もある。英諜報機関の内情に詳しい人物によると、ウクライナの諜報部員は英国に支えられて多数ロシアに潜入している。彼らは当然にも完璧なロシア語を話せ、容貌も変わらないのでロシアでどんな仕事にも就けるし、機密活動も行えるという。確かに、日本の政府、研究機関やメディアなどではロシア語習得のためにモスクワではなくロンドンの語学校に派遣されるケースも多い。英国の対ロシア諜報網は幾重にも張り巡らされている。彼らが米英の資金を裏ルートで持ち込み、それで立ち上げたNGOなどで反体制の民主化運動を行う。これは世界各地で頻繁にみられてきた。こんな中、ロシアの反体制活動家のシンボルに担ぎ上げられたのがナワルヌイとの見方が有力だ。
こうしてみるとウクライナ国防省の諜報活動統括者であるブダノフ情報総局長の上記発言はナワルヌイが収監されていた監獄内にもロシア人を装ったウクライナ人諜報員が潜入できていたことを示唆している。同総局長は「残念ながら自然死だ」と断定した。米英諜報活動ウオッチャーの中には、さらに進めて「ロシア人を装ったウクライナ人潜伏者は看守か受刑者を使いナワルヌイに血栓を生じさせる薬物を飲食物を介して飲ませた」と指摘する者もいる。だがこれは人々を説得するのに非常に困難な推測である。ただし、ミュンヘン安保会議初日の2月16日にモスクワ経由でナワルヌイの死亡情報が入ってきたのは偶然だろうか。米英NATOのウクライナ支援の障害となっている米議会によるウクライナ追加支援予算の承認を得るためにも、ミュンヘン安保会議を「プーチン・ロシア殲滅」に向けた決起集会にするにはナワルヌイ殺害という興奮剤が不可欠だったのではないかとの合理的な疑念も生じる。
■トラスDS告発の意義
「自身を辞任に追い込んだのはDSだ」と暴露したトラス前英首相の在任期間はわずか45日。与党保守党の公約だった減税策を一部撤回したが、減税策をそのまま発表してしまった財務相を解任したため、与党保守党議員らがトラスを首相の座から引きずり下ろしたことになっている。だがトラスは「政策はイングランド銀行(DSの一角)が決めていた」と語ったという。ならばトラスを引きずり下ろした保守党議員の背後にはDSがいたことになる。トラスの告発を裏返せば、ウオール街・外交問題評議会(CFR)、シティ・チャタムハウス(英王立国際問題研究所)を核とするDSの存在を前提に置かない限り、現代世界の動きと真相は読めないということである。トラスの告発通り、高級紙とされるフィナンシャルタイムズは完全にDSを構成していると断言できる。繰り返すが今年のミュンヘン安保会議での騒動はDS主導の虚偽情報が世界を動かしていることを露わにした。
注:本ブログでのDS論に関しては「米国の「影の政府」による専制主義復活と「近代民主主義社会」の形骸化」や「影の政府」考1:剝げ落ちる「近代民主主義社会」というメッキ」を、ウクライナを巡る米政府と米軍との確執は本ブログ「ウクライナ戦争巡る米国の内紛 ネオコンの暴走阻止する軍トップ 」を参照願いたい。